「局所の利害得失に掩われて、その所見をあやまるもの甚だ多し」
言葉の意味
この文章は、全体を見るべきなのに、目先の小さな利益や不利益に気を取られてしまい、物事の正しい見方や判断を誤る人が非常に多い、ということを厳しく指摘しています。
局所の利害得失(きょくしょのりがいとくしつ):
ごく限られた範囲や、その場限りの小さな利益(得)と損失(失)。
に掩われて(におおわれて):
それが原因で覆い隠されてしまい、正しい判断ができなくなる状態。
その所見をあやまる(そのしょけんをあやまる):
物事に対する見解や判断を間違えてしまうこと。
もの甚だ多し(もの はなはだ おおし):
そのような人が非常に多い。
つまり、大局を見ることの重要性と、私利私欲や目先の損得勘定に囚われることの危険性を説いた言葉です。
所見(しょけん)とは
所見とは、物事を見たり聞いたりした上での、その人の意見や見解、判断を意味する言葉です。
例:「検査の結果、異常な所見は見られませんでした。」など
習慣の久しき
続く3文
「習慣の久しきにいたりては、ほとんど天然と人為とをくべつすべからず」
意味:習慣が長い間続いた状態になると、ほとんど自然に備わっている性質と、人が努力して作り上げたものとの区別がつかなくなる。
「あるいはその習慣とにとめしもの、かえって天然となることなきにあらず」
意味:「あるいは、それが習慣だと思っていたものが、かえって(後には)生まれつきの性質(天然)となることもないわけではない」
「あるいはその習慣と認めしもの、かえって天然となることなきにあらず」
意味:「あるいは、それが習慣だと見定めたものが、かえって生まれつきの性質(天然)となることもないわけではない」
どいういこと?
長年の習慣は、生まれつきの性質(天然)と人の努力(人為)との区別をほとんど不可能にする。そのため、人は天然だと思い込んでいたことが、実は単なる習慣であるという誤認をすることがある。逆に、習慣だと認識し努力したことが、やがて天然であるかのように強固に定着することもある、としておきましょうか。
当時の日本人が非合理的な古い習慣(封建的な考え方や制度)を「天然=当たり前のこと」だと信じ込み、新しい文明や合理的な考え方を受け入れることができない状態にあったから?
むずかしい…